二番はいない20

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Dhamma Articles > クンヤーイの生涯
[ 2008年12月22日 ] - [ 閲覧回数 : 17073 ]

『二番はいない』

クンヤーイ(お婆さん) ウバーシカー(優婆夷)

チャン コンノックユーン

の生涯

20.弟子への教育

毎週金曜日ルァンポーは全ての仕事を終えると、日曜日に行われる瞑想会のために、瞑想指導の案内を考案することが日課となっていました。土曜日は、寺院を訪れる信者の接待をして、それ以外の時間は瞑想に当てていました。
 
ルァンポータッタと他の僧侶たちは、毎週金曜日に日曜日の儀式の準備を、仏教後継者および短期出家コースに参加した若者たちと一緒に行っていました。この若者たちは、金曜日から寺院に寝泊りし、日曜日の儀式が終わると、その後、植樹などの手伝いをすべて行ってから帰宅すると言うのが習慣でした。
 
ルァンポータッタは、この若者たちを金曜日の午後にクンヤーイに引き合わせ、掃除の手伝いをさせた後に、日曜午後の説法のための準備をしました。
 
 日曜日の儀式に訪れる信者のために、196ライ(1ライ1600平米)もの敷地を持つ、寺院の隅々まで気を配るので準備が大変でした。様々な箇所にゴミ箱を用意することから始まり、トイレの清潔さを保つことまで、クンヤーイ自ら、すべてを点検しました。
 
 特に、トイレの清掃には、自分が行いながら、若い人たちに手本を見せました。普段からクンヤーイは、口先だけではなく自分の方法を自ら行って、その後に、この人たちと一緒に作業を行いました。しばしばクンヤーイが行ったのは、住まいの近くにある、戸数が20戸もあるトイレの清掃でした。
 
 若者たちをこのトイレに連れてくると、まず、自分が清掃方法をやって見せました。特に丁寧に便器の排出口を、スポンジを使い手を突っ込んで汚れを取りました。クンヤーイほどの人が、嬉々としてこの清掃を行う事を見て、他の人たちも、何の抵抗もなく喜んで行いました。クンヤーイは、いつもこう教えました。
 
「今世で何事も精一杯行えば、来世は楽な人生を迎えます。この功徳が、次の生まれ変わりまで付いてきます」クンヤーイは瞑想の達人であり、人生の教師としても優秀であり、主婦が行う家事のようなことにも秀でていました。特に食堂では、食器等がその大きさの順に整然と並べられていました。
 
 あるとき、海外から来た信者が、この食堂のあまりの整然さに驚いて、寺院の整然とした華麗さを、広く噂として流しました。当時、大学を卒業して僧侶になることは、大変珍しかったのですが、タンマガーイ寺院には、新卒の僧侶が誕生しました。このことは、寺院を管轄する高僧の耳にも届きました。 
 
ある日、その高僧が寺院を訪れると、広大な敷地に 点在している寺院施設の中で、トイレと食堂だけを見学しました。トイレのドアを開けて中を覗くと「ううん、ここは素晴らしいところだ。将来、繁栄し発展するだろう」と予想しました。
 
この当時、寺院はまだ建設最中でしたが、クンヤーイはトイレや食堂だけではなく、些細な事と思われることにも気配りをしていました。例えば、スリッパの揃え方や、ほうき、雑巾などの片付け方にも、注意を払っていました。これについてクンヤーイは、ルァンポータッタに、こう話しました。
 
「この寺院では整理整頓することを、まだ完璧にはできません。それでも日曜日には、特別に多くの信者さんが訪ねてきます。折角来てくれた信者の人たちに、お寺の良いところを見てもらったり、学んだりして欲しいのです。
 
あなたたち僧侶は、出家してからまだ日も浅く訓練中でもあるので、深い意味を持つ仏法を、そんなに簡潔に説法することはできないと思います。ですから、訪れた信者さんたちに、寺院の清潔さと静寂さを味わってもらい、少しでも瞑想の役に立てばと思います。
 
そして、ほんの些細なことにも気を配りながら、皆さんの良いお手本を作ってください。お寺のあらゆる物、例えば、スリッパの並べ方を綺麗にしてください。スリッパが散らかって、ほうきや、雑巾、ゴミ箱、そしてゴミまでが、あちらこちらに散乱していれば、それを見た信者さんたちが、瞑想でなかなか心を静止させることなどできないでしょう。
 
例え一時間もかけて、やっと心を静止させることができても、眼を開けると散乱している状態が眼に入って、折角の瞑想の成果が台無しになってしまいます。綺麗にしていれば、信者さんの心が容易に穏やかになるので、瞑想すると自然に中心に留め静止させることができます。
 
是非、やってみてください。私は、このようにやり続けてきました。信者さんは、まだ説法を聞いてなくても、この寺院の整然さを見ると心が落ち着いて、良い手本として見習って、自宅でも同じように行えるようになるでしょう」
 
今日のタンマガーイ寺院の隆盛は、クンヤーイのような創立者が、落ち度のない規則の重要さと、規則を軽視することによる悪い結果を考慮しながら、
良き寺院と言える基準を定めて、初めて来院した人にも、容易に従える規則を作ったからです。
 
 例えばスリッパは、並べておく場所に、その並べ方を分かり易く、白線で図にして書いてあります。又そこには、この方法を説明するスタッフも用意していました。この説明方法を通して、規則として文章化されなくても、寺院の習慣として知られるようになりました。
 
 このスリッパの並べ方の習慣は、社会的な立場などに関係なく、例え、どんなに偉い人であろうと、皆が、このように綺麗に並べてから瞑想に入っていることを見て、一時、自分の立場を忘れて皆と同様に行います。
 
 クンヤーイは、弟子や信者だけではなく、寺院建設工事の作業員や従業員にも、常に善行や道徳などを教えていて、その功徳が、来世まで付いていくことを知らせていたので、皆は,クンヤーイに対して尊敬の念を抱いていました。
 

ある日クンヤーイは、作業している従業員を見ると近づい て行き、「あなた達は、木を植えながら何を考えているの」と尋ねました。

ひとりは「この木が枯れないように思っています。枯れたらルァンポータッタに怒られるから」
 

 もう一人いた従業員にも同じ質問をすると、「枯れずに、早く成長するようにと考えています。そうしないと、また植えなければいけないから」
 
さらに、もう一人に聞いてみると、「枯れないように早く成長するように、そしてこの木の木陰で、人が癒されるように」
別な一人がは、こう答えました。「私が植えたこの木の下で、誰もが瞑想で、早く仏像が見えますように」
 
最後に、この答えを聞いたクンヤーイは「こう考えるのが、一番でしょう。同じように疲れて、同じ賃金をもらうのですが、この様に考えながら植えている人が、最も多くの功徳が生じるでしょう」と教えました。
 
このクンヤーイの教えは、波羅蜜を行う人のための良い教訓となるでしょう。つまり、どのような行動をしていても、善が生じるように、決して悪が生じないようにすることです。
 
クンヤーイは、寺院内での男女の交際を好みませんでした。ある日のこと、ルァンポータッタと寺院の仕事の点検のために歩いていると、男の子が女の子に、土を掴んで投げ付けているのが見えました。女の子も投げ返すと、今度は男の子が木の棒で叩くと、女の子も同じように叩き返しました。
 
クンヤーイは、それを見て二人を叱ると、ルァンポータッタにこう言いました。「ルァンポータッタ、寺院の中でこういう遊びはさせないでください。最初はこの程度で済みますが、次には体に触れて、どんどんとエスカレートして行って、抱き合うようになり、最後は、子供を作るようになるでしょう。
 
もし今度従業員たちが、このような遊びをしていたら、直ちに解雇してください。この寺院では、ふしだらな行為は許せません」
 
タンマガーイ寺院では、瞑想に訪れる信者の人たちが、体、言葉と心が、清らかになるための環境を作り出したいのです。もし、ふしだらな行為が行われていたら、心も静止できずに、瞑想の環境が壊されてしまいます。
 
また、このような行為は、男女間の争いの原因になって、折角の親睦が崩れてしまう恐れから、クンヤーイは、このことを厳禁しました。
 
ある日の夕方34時の事でした。ルァンポータッタがクンヤーイの住まいを通りかかると、クンヤーイが、植えた木の根元を掘り返しているのが見えました。そっとクンヤーイの後ろに回って、その姿を4、5分位眺めていました。
 
気づいたクンヤーイが後ろを振り向くと、「クンヤーイはもう年なのに、こんなに土を掘り返したりして疲れませんか」とルァンポータッタが声をかけました。すると「疲れません。やりながら集中しているから疲れません」と答えました。
 
「何に集中していますか」「私は土を掘り返しながら、体の中心奥深く集中して法身に入り込んで、多数いる過去の仏陀たちが、どのように波羅蜜を行ったのかを、過去世に見に行っているから疲れません。そして、自分の行いが仏陀たちの行いと比べて、何が欠けているのかを調べ改善する努力をしています」
 
このようにクンヤーイは、常日頃の行いすべてを、過去の仏陀たちが悟りを開くまでどのような行いをしたのかを探り、自分の手本としていました。なぜなら、仏陀は人々に法を説くために、自分自身が手本となるような行いをして清浄さを得なければなりません。仏陀を手本として波羅蜜を行えば、本当の波羅蜜を行う者に相応しく、清らかな道を歩むことが出来るのです。
 
1981年寺院の名称は、「仏輪の瞑想センター」から「タンマガーイ寺院」に変わりました。これまでの様々な障害も、時間と共に過去のものとなりました。忽然と眼の前に現れたのは、平穏で美しい寺院と、瞑想によって幸福に満たされた人々の姿でした。
 
高齢のクンヤーイでしたが、その姿はいつも元気溌剌としたものでした。いつも、四時には起きて瞑想を始め、朝日が昇る頃には、身の回りの整理をしました。6時半になると、クンヤーイの世話係のアーリーパーン ティーアヌソンさんが朝食を届けて、そこで食事を済ませました。その後は、白い帽子を被りマフラーをして靴下を履いた姿で、調理場の点検に向かいました。クンヤーイはとても勤勉な人で、この姿のまま、住まい近くの路端に生えている雑草を抜いたりもしました。

 

 


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