二番はいない14

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Dhamma Articles > クンヤーイの生涯
[ 2008年11月24日 ] - [ 閲覧回数 : 13193 ]

 

『二番はいない』

クンヤーイ(お婆さん) ウバーシカー(優婆夷)

チャン コンノックユーン

の生涯
 
14. 「法を学ぶための家」での生活の始まり
 
当時、クンヤーイの住まいで行われる瞑想会に参加する弟子たちは数多く、部屋に入りきらない状態で、部屋の外にある水瓶の上にも座る人がいるほどの、多くの人たちが集まっていました。また、ワット・パークナーム寺院には、僧侶用食堂の増築計画があり、クンヤーイの住まいは、この中に含まれていたので、弟子たちの間で、新しい住まいを見つけよう、という動きがありました。
 
 ルァンポーとルァンポータッタは、クンヤーイに相談した上で、新築資金の協力呼びかけに関して、自分たちが全責任を持つと告げました。クンヤーイは、瞑想するための場所の建築を協力することは、例えば、一本の釘、一枚の板、一個のレンガであろうと、大いなる功徳が生じるものだ、と弟子たちに教えました。更に、この場所は、心の清らかな人を収容するための場所であり、その功徳によって、将来、容易に仏法を理解することができて、次の転生での財産を持てる人にもなります、と言いました。
 
それを聞いたルァンポーは、何ヶ月にも渡って自分の昼食用のお金を貯め続け、布施としました。この集まったお金の合計は、当時としては破格の金額であった58000バーツにも昇り、ルァンポーは、これを大いに喜び、誇りとしました。この新しい家は、当時のワット・パークナーム寺院の瞑想担当の僧侶が「法を学ぶための家・バーンタンマパシット」と命名しました。
 
つまり、誰でもここに来れば、クンヤーイが、その人に仏法を教えるという深い意味です。1967年末に、その家は完成し、その辺りでは一番綺麗な建物でした。この「法を学ぶための家」では、クンヤーイが朝早くから夜8時頃まで、毎日瞑想指導を行っていました。参加する弟子たちは、男も女も、学生から仕事を持つ人まで、様々な人たちがいました。この中の多く人たちは、夕方6時頃から集まって瞑想を始めました。
 
クンヤーイは、非常に勤勉な人で、常に清潔を好み、いつも体を動かしながらも、心を中心に留め続けることを忘れませんでした。

ある日、ルァンポーは、クンヤーイが、階段の板の隙間を覗いているのを見て不思議に思い、クンヤーイに「何を見ているんですか」と尋ねました。

「隙間に埃がないか、調べています」と、答えが返ってきました。普段クンヤーイは、とても清潔好きな人で、階段の裏まで常に掃除する人なのです。ルァンポーは「どうして、それほどする必要があるんですか」と尋ねると、クンヤーイは、こうはっきりと答えました。
 
 「全てを綺麗にすれば、心も綺麗になって、瞑想で中に入ることも早くなります」クンヤーイの清潔さと節約を重んじることについては、住まいの環境は言うまでもなく、あらゆる備品も勿論整理整頓されており、例えば、人が捨てた物でも、丁寧に洗って拭いて、まるで新品のようにして使っていました。また、弟子たちがくれた果物の包装紙を四角に切って、汚物用の容器に痰などを吐く度に、一枚の紙で、一目に触れないように隠すため使っていました。これには二つの利点があり、もう一つは、容器を掃除するときに簡単にできたことです。
 
 クンヤーイは、寝る場所も、瞑想場も、接待する場所も、すべて同じ場所を使っており、そこは掃除が行き届いて、埃一つもない綺麗なものでした。その直ぐ近くには薬箱が置いてあり、中に入っている物は、大きさの順番どおりに綺麗に並んでおり、蓋がなくても埃が付かないほど、いつも掃除がされていました。
クンヤーイの衣類は、非常にシンプルでシワ一つなく真っ白でした。ある日、まだ出家していないルァンポータッタは、クンヤーイの衣類を見ながら尋ねました。「クンヤーイの服は、あちらこちら継ぎ接ぎをしている古いものなのに、どうして、数ヶ月しか着ていない私の服より、白くて生地も痛んでいないのですか」
 
クンヤーイは、ルァンポータッタの顔を見ながら、こう答えました。「私はお百姓の子だったので、そんなに沢山の服を持っていなかったのです。その日着た服は、その日に洗って、汚れが長い時間残らないようにして、白さを保っていました。干すときも、乾けば直ぐに取り込んで、長い間干したままにしなかったから、色は、長く使っていても落ちなかったのです」
 
ルァンポータッタは、生まれて今日まで、クンヤーイのように綺麗好きな人を、見たことがありませんでした。ルァンポータッタの、掃除用の雑巾は汚れて真っ黒ですが、クンヤーイの雑巾は、使った後丁寧に洗濯し、いつも綺麗なものでした。それは、自分のタオルより綺麗だと、ルァンポータッタが、苦笑いをしながら語ったこともあります。自分が恥ずかしくて、クンヤーイを見習って、それ以後、自分の大雑把さを改めるための努力を始めました。

1967年半ばの、ある日のことでした。ルァンポータッタは、クンヤーイと一緒に瞑想をしていると、突然、呼吸が困難になって、肺には強い圧迫感を感じました。ついには、泡を吹きながら崩れ落ちてしまいました。クンヤーイは、このような症状について、こう説明しました。

「あなたは、長く黒魔術を信仰していたので、この魔術を守る術師が、瞑想への道が変ってしまうことを、嫉妬して邪魔しているからです」

ルァンポータッタは、不安な顔を見せながら、「このままで、大丈夫でしょうか」と尋ねました。
 
クンヤーイの答えは「仏法を選び学びたければ、仏陀のように、命を賭けるしかありません。あなたは、それほどの勇気を持っていますか」ルァンポータッタは、そう答えたクンヤーイの凛々しい眼差しを見て、「あります」と、自信を持って答えました。

その日から、ルァンポータッタは瞑想に励みながら、クンヤーイからの瞑想を通しての助力を受けて、症状が少しずつながら、良くなりました。しかし、良くなるように見えても、中々完全には症状は消えませんでした。これをクンヤーイに相談すると、「症状が消え去るように、瞑想を通して最大限の助力をしていますが、完全になくならないのは、あなたが、未だに黒魔術の効力を惜しんでいるからです。仏法だけを信じ、清らかな心にならない限り、この先症状は続くでしょう。これから、もっと沢山瞑想を続けてください」と説明を受けました。

その後、ルァンポータッタは、完全に黒魔術を捨てて仏法のみを信じるようになり、症状は叙々に消えていきました。
 
「法を学ぶための家」が開かれてから間もなく、ルァンポータッタは、色んな大学の仏教クラブの後輩たちを、この家で行われているクンヤーイの瞑想指導を、受けさせるために集めてきました。このように、瞑想に参加する人たちは増え続け、日曜日の瞑想会の準備などは、この後輩たちが手分けして行いました。一番年長のルァンポータッタは、皆のお兄さんのように認められていたので、後輩たちはルァンポータッタの手を煩わせることもなく、自分たちで仕事を分担し行っていました。
 
分担仕事の少なくなったルァンポータッタは、後輩たちや瞑想に参加する人たちの、あちらこちらに散乱している履物を、人知れず丁寧に、整理して並べたりしました。散らかした本人たちは、いつの間にか整頓されている履物を見て、誰がやったのか不思議に思いましたが、ルァンポータッタは敢えて名乗らず、心の中で満足の微笑をしていました。
 
こういうことがあった以後、クンヤーイは、来客の接待や説法を、ルァンポータッタに任せるようになりました。ルァンポーは、なぜクンヤーイがルァンポータッタに、この仕事を任せたのか、についてこう述べました。
「ルァンポータッタは、自己顕示欲がなく、仕事もよくできて、そして一番重要なことは、クンヤーイにどんなことを言われても、怒ることがない。また、クンヤーイの恩恵を深く知る人で、竹を割ったような一本気な性格を持っているから、人の教師になれるのです」
 
ある日の夕方、「法を学ぶための家」で、いつもと同じように、皆がクンヤーイの瞑想指導を受けていました。皆が眼を瞑って10分位経つと、クンヤーイが静かに立ち上がり、トイレに行きました。長時間経過した後、戻って来ると、瞑想が終わるまで、皆と一緒に何事もなかったかのように、瞑想を続けました。瞑想が終った後、ルァンポータッタはトイレに入ると、床が全く湿気がなく綺麗に乾燥していることに気づきました。
 
今回だけではなく、いつもこの家のトイレは、沢山の人が使用しても、いつも綺麗に乾いていました。その事に気づいたルァンポータッタは、皆が目を瞑っていて、クンヤーイがトイレにいくときに、密かについて行きました。すると、思ったとおりトイレでクンヤーイが、便器や床を丁寧に拭き掃除しているのが見えました。
これを見て、ルァンポータッタは動揺しました。自分たちがトイレを使うと、水をかけ水浸しの状態で、その場を去りますが、クンヤーイは、誰にも知れずに、いつもこのように綺麗にしていてくれたのです。
 
そして、クンヤーイと二人きりのときに、その理由を聞いてみました。「クンヤーイ、どうして、あんなことをするんですか」「私は、もう60歳に近くなりました。年になると、足の裏の皮膚が薄くなって、とても滑りやすくなります。トイレが濡れていると、私のような年寄りは、滑って大怪我をし易いものです。ですから、習慣的に拭き掃除をして、滑らないように注意をしているからです」
 
ルァンポータッタは、クンヤーイの注意深さに感心しました。そのときは、まだクンヤーイに出会ったばかりの頃でしたが、クンヤーイの日常行動を実際に目の当たりにして、未だに忘れがたい感銘を受けました。

 


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